イカロス墜落

仮初の翼で大空を舞う、その行為自体に少年は溺れた。
何の為の双翼か?
何の為の飛翔か?
その理由は疾うに見失い、ただ飛ぶ事にのみ意識を向ける。

蒼天に輝く太陽は、余りにも眩しくて。
その光輝を、その灼熱を、間近に感じたくて。
少年はひたすらに上昇する。
本来は自分の物でない、蝋で繋ぎ止めただけの、その脆弱な翼で。

大地に近付かず、天空に近付かず、ただ中庸を。
そう父に固く戒められた筈だったのに。
上へ、もっと上へ。
あの無二なる光に手が届く迄。
賢しげな忠告など、憧れの前には何程の意味も持たなかった。

自らの分を弁えず、天空に飛翔し太陽を臨む。
それは未だ人に許されざる大望ならば。
少年の想いは、罪。
神の意に背いた報いは、己が命をもって購うしかない。

溢れる光に視力を失い、灼熱に蝋が溶け出して。
翼を奪われた少年は最早、為す術も無い。

堕ちて行く。
堕ちて行く。
希望に胸弾ませて昇った虚空を、今は絶望に閉ざされて。
堕ちて行く。
ただ真っ直ぐに、堕ちて行く



Icarus

ギリシア神話。
ミノス島の迷宮を造ったDaedalusの息子。
迷宮の秘密を守る為、父と共に自分達の造った迷宮に幽閉された。自由を望む二人は、蝋付けの羽根で空へ飛び立つ。無事に迷宮を脱したものの、父の忠告を忘れ太陽に近付き過ぎた彼は、蝋が溶けて羽根を失い、海に没したという。


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