吟遊詩人



 遠い昔、中世の頃のヨーロッパには、Troubadour と呼ばれる者達がいました。各地を彷徨いながら詩を紡ぐ彼等は、時に Bird とも呼ばれました。
 故郷を遠く離れ、見も知らぬ地を渡り歩いた彼等。その時々に目に映るもの、耳に入ることを取り入れて。与えられた舞台と聞き手に合わせ、零れ落ちる言葉を旋律に乗せて、様々に語り聞かせました。ある時は、瀟洒な屋敷で王侯貴族を前に、絢爛豪華な歴史絵巻を。またある時は、場末の酒場に集う無頼漢達を前に、婀娜な恋の遣り取りを。そして時には、つましい民家で善男善女を前に、何という事もない日常の一幕を。
 深い想いを込めた声音と、それに寄り添う旋律。その相乗効果は、如何ばかりのものだったでしょう。その二つがあって初めて、完全なものとなるのです。
 何処かで好評を博した詩は、何時の間にか広く伝わり、数多の詩人がこぞってそれを歌いました。そんな風に語り継がれて遂に、伝承詩として後の世にまで遺っていったのです。例えば、愛に頑なな聖者の首を所望した姫君の物語の様に。例えば、偉大な王と円卓の騎士の物語の様に。例えば、故郷に背き異国の女王との恋に殉じた英雄の物語の様に。
 吟遊詩人達が姿を消して、随分と長い時が流れました。今となってはもう、彼等の歌声を耳にする事はありません。その詩を飾るべく奏でられた筈の楽曲もまた、彼等と共に永遠に失われました。
 彼等は一体、何処に行ったのでしょう?
 今も尚、彼等の遺した幾多の叙事詩は受け継がれています。それは最早、書物に記された文字に過ぎないけれど。例えどれ程の時が流れても、色褪せぬその言葉は、如何な高価な宝石といえども適わぬ輝きを放つのです。
 それがある限り、吟遊詩人達は永遠に生き続けています。声なき声で、数多の物語を語り続けているのです。

 

―― Das Ende. ――



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