底知れぬ深い闇の中。僕は一人、じっと蹲る。
僕なんかいらない。『あの子』には、僕は必要ない。僕はもう、いらないんだ。
その事実が、僕を暗闇へ突き落とした。
『あの子』はいない。『あの子』は此処には来ない。僕は一人ぼっちだ。
「あんなに仲良しだったのに。何でこんな事になっちゃったんだろう…?」
今更言っても、もうどうしようもない。そんな事、自分でも分かってる。でも、やっぱり言わずにいられない。
僕とあの子は、ずっとずっと友達だったんだから。『あの子』の誕生日に『パパ』と『ママ』が僕をプレゼントして。それ以来、僕は『あの子』の大のお気に入りで、何でも打ち明けられる親友だった。ずっと一緒にいようねって、そう言ってくれたのに…。
「やぁ、新入りだね。」
埒も無い繰言は、突然の台詞で中断させられた。驚いて顔を上げる僕の前に、木製の人形が一人。興味津々といった面持ちで、僕の顔を覗き込んでいる。所々でペイントが剥げて、アチコチ傷だらけで。随分と痛々しい姿だ。きっと彼の『持ち主』は、男の子だったんだろう。僕は、ぼんやりとそんな事を思った。
「君が此処に来たって事は、君の『持ち主』も【子供】を卒業したんだね。」
「【子供】を卒業…?」
新たな声に慌てて周りを見渡すと、何時の間にか沢山の玩具達が僕を取り囲んでいる。着せ替え人形、ロボット、機関車、自動車、ブロック…etc.種類も大きさもマチマチな玩具達は、どれもひどく古びていて。
「そうさ。【子供】の時には、誰でも一つや二つ、玩具と親友になるもんだ。君もそうだったし、僕達もそうだったのさ。」
「僕の『持ち主』は、すっごく元気な男の子だったんだ。乱暴に振り回したり、時々は投げ飛ばされたりもしたな。いつも僕を持ち歩いて、寝る時も一緒だったんだぜ。」
何処か得意そうに言ったのは、ヒーロー物の超合金ロボット。体中アチコチに継ぎ目がある。きっと『持ち主』が遊んでる間に壊れて、何度も修理して貰ったんだろう。
「私の『持ち主』も男の子だったよ。でも彼は大人しい子で、私を大切に扱ってくれたな。」
そう言ったのは犬の縫い包み。大切に扱ってくれたと言うだけあって、幾分垢じみてはいるが、何処も壊れてないし、落書きの跡なんかも無い。
「僕の『持ち主』は女の子だったよ。だけどやんちゃで男の子っぽい遊びが好きな子だった。だから彼女の『パパ』が、僕を与えたんだ。『ママ』は女の子なのにって、ちょっと怒ってたな。『あの子』はすごく喜んでくれて、いつも僕で遊んでくれたよ。」
懐かしそうな口調で言うのは、プラスティックの機関車。女の子が『持ち主』だったからか、角が少し欠けている以外は何処も壊れてない。
口々に言う玩具達の台詞に聞き入っているうちに、僕も『あの子』を自慢したくなってきた。
「僕の『持ち主』は、すごく可愛い女の子だったよ。『あの子』と僕は大の仲良しで、何時だって、何処へ行くのも、一緒だったんだ。ずっと何時までも仲良しでいようねって、そう言ってくれたのに…」
「だけど【子供】は何時か【大人】になる。その過程で、僕達は捨てられるんだ。」
「【子供】を卒業すると、人間の友達の方が大事になる。その時、僕等はもう必要ないんだ。」
その言葉に僕は打ち拉がれる。そうだ。『あの子』は僕を見捨てた。僕はもう『あの子』の親友じゃないんだ。そう思うと、また涙が溢れそうになる。
「【大人】になんて、ならなきゃ良いのに!」
誰かが強い調子でそう言った。
あぁ、僕もそう思う。【大人】になった『あの子』が僕を見捨てるのなら、ずっと【子供】の儘で居て欲しかった。そうすれば、ずっと一緒に居られるのに。
「だけどそれは、必要な事なんだよ。」
落ち着いた声が穏やかに言う。それは最初に僕に話し掛けた、あの木製人形だった。
「何時までも【子供】の儘ではいられない。『持ち主』が成長した事を、我々は喜ぶべきなんだよ。彼等の最初の親友としてね。」
「どうして?どうして【大人】になると親友でいられないの?どうして【大人】にならなきゃいけないの?」
僕の言葉に、彼は苦笑を浮かべる。
「人は誰だって、ずっと同じではいられない。成長して【大人】にならなきゃいけない。それが生きるという事なのだから。」
まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせる様に、ゆっくりした口調で諭す。
「じゃぁ僕はもう『あの子』とは会えないの?こんなに大好きなのに。もう二度と一緒に話したり遊んだり出来ないの?僕は今でも『あの子』が好きなのに…」
自分で言ってて、泣きたくなってきた。僕は『あの子』が好きだから、『あの子』が成長する邪魔はしたくない。だけどもう会えないなんて…。
「此処に居る皆、貴方と一緒よ。今でも『持ち主』が大好きで、もう一度会いたいと思ってるの。その時を、私達はずっと待ってるのよ。」
そう言ったのは、綺麗なドレスを纏った金髪の人形。澄んだ蒼い目は硝子だろうか。
「私の『持ち主』は女の子だったわ。いつも私を可愛がってくれて、綺麗な衣装を着せてくれた。何処へ行くのも一緒だったわ。だけど彼女が【子供】じゃなくなって、人間のお友達が沢山できて、もう私とは遊んでくれなくなったの。だから私は此処へ来たのよ。」
そう言って、淋しそうに微笑う。何も言えずにいる僕に、彼女は更に言葉を続ける。
「だけど、何時かきっと、【大人】になった彼女は私を思い出してくれる筈よ。【大人】になって、それでも【子供】の気持ちを忘れていなければ、私達はまた親友になれる。私はそれを信じて、待っているの。」
「また会えるの…?」
「そうだよ。『持ち主』が本当の【大人】になって、私達の事を探し出してくれれば。その時に彼等が【子供】の頃の気持ちを失っていなければ。私達は『持ち主』と再び親友になれるんだ。」
木製の人形が言った。穏やかな表情の彼もまた、待っているのだろうか?何時か『持ち主』が自分を思い出してくれる時を。再び『持ち主』と会える、その一瞬を。
「かつて【子供】だった頃とは、繋がる形は変わるけれど。もう一緒に遊ぶ事は出来ないだろうけれど。それでも、彼等はきっと私達を見付けてくれるよ。そしてもしかすると、彼等の息子か娘に、会わせてくれるかも知れない。」
淡い笑みを浮かべた木製人形は、そう言って僕にウィンクしてみせた。
「この人はね、そうやって何世代もの【子供】達と友達になってきたのさ。」
「幾度も幾度も、繰り返し【子供】達と出会って、友達になって。そして何時か忘れられる日が来て。その度に此処へ戻って来て。」
「だけど必ず見付けて貰って、また『持ち主』と再会するんだ。」
「そんな彼の姿は、私達全員に、待ち続ける勇気と希望を与えてくれるの。」
他の玩具達も口々に言葉を添える。その表情は、先刻『持ち主』を回想していた時より、ずっと明るい。僕も何だか嬉しくなった。
「そうか。もう一度『あの子』と友達になれるんだね。」
何時かきっと、『あの子』も【大人】になって。そしてもう一度、僕を探し出してくれれば。僕等は再び親友になれるんだ。
だけど『あの子』は何時、僕に気が付いてくれるだろう。それは多分、もっとずっと先の事で。
僕に待てるだろうか?『あの子』がすっかり【大人】になって、そして再び僕を見出してくれるまで。僕はきっと、長い長い間、此処で待ち続けなきゃならないんだろう。その時まで、僕は待っていられるだろうか?
もしかすると、その時には『あの子』はもう、『ママ』になっているかも知れない。『あの子』とそっくりな女の子に会わせてくれるかも知れない。否、ひょっとすると男の子かな?
そう考えるのは、ひどく不思議な気分で。だけど、此処でひたすら待つしかない辛さが、少しだけ薄らぐ気がした。