『貴方は何処に居るの?』
『何を求めているの?』
そんな簡単な問いにさえ、僕は答えられずにいる。真直ぐな君の瞳が、瞬きさえも忘れた様に僕を見据える。その凝視に堪えかねて、僕は視線を逸らす。
『貴方は何処へ行くの?』
『何を探しているの?』
そんな風に問う君は、何時もひどく淋しげで。無様に凍り付く僕を、ただ静かに見詰めている。その真摯な双眸を見返す事さえ出来なくて、僕は無言で君に背を向ける。
いつもそうだ。僕は逃げてばかりいる。今の僕にはもう、失う物など無いというのに。
それでも尚、何時までも過去に縛られて。僅かばかり残ったちっぽけな欠片を、諦め悪く掻き集めて。その愚かしさは承知の上で、疾うに喪った愛を後生大事に抱え込む。頑なに心を閉ざした儘、敢えて現実から逃避し続ける。
僕に何が言えただろう?どうすれば、君を傷付けずにいられただろう?
己の弱さを曝け出し、昏い絶望に寄り添って。叶わぬ願いと知りつつも、敢えてそれに縋り付く。何処までも感傷に惑溺する浅ましさ。
理性が道理を訴える。この儘ではいけない。何時までも、こんな風にはいられない。本当は自分でもちゃんと分かっている筈なのに。
感情はそれを否定する。忘れない。忘れられない。忘れられる筈もない。駄々を捏ねる子供の様に、埒も無い泣き言を繰り返す。
何故、君は此処に留まっているのだろう?何故、見捨ててしまわないのだろう?
僕の傍に佇んで、その弱さを受け止めて。何も得られないのに、何もかもを差し出して。
自分自身を愛せない僕は、他の誰の愛をも受け入れられないでいる。こんな僕に、今更何を求める資格も無い。
何故、僕は此処に留まっているのだろう?何故、立ち去ってしまわないんだろう?
君の傍に居座って、その優しさを浪費して。何も与えられないのに、何もかもを奪って。
繰り返し拒絶を口にする癖に、その実、再び喪う事を恐れている。君が僕から離れない様に祈っている。我ながら、何て卑怯なやり方だろう。
それなのに君は、僕にその手を差し伸べる。幾度となく振り払っても、白い繊手で再び僕を包み込んでくれるから。君の優しさに抗えず、遣り切れない居心地の悪さに項垂れる。
何故、僕はこんな風にしかいられないんだろう?
在るが壗の現実を否定して、触れるもの全てを傷付けて。自分自身とさえ折り合いが付かなくて。まるで手負いの獣の様に、近付く者に牙を剥く。
自分の弱さに居た堪れない。君の手を取れば、何処までも際限無く縋ってしまいそうで。僕は顔を伏せ、その場に蹲るしかない。
『僕は何を求めている?』
君の口癖を真似て、自分に問い掛けてみる。その一方で、湧き上がる想いを封じ込め、僕は再び心を閉ざす。
今は駄目だ。まだ知りたくは無い。女々しい繰り言。思考の同道巡り。過去を抱き締める為だけに現在を食い潰す。温ま湯の如き愚かな絶望。
『僕は何を探している?』
答えを心の闇に閉じ込めて、己が内奥の真実に耳を塞ぐ。君の想いからも、僕自身の希いからも、目を背けた燼で。
そんな愚者の戯言に、誰も耳を傾ける者はない。その価値すらも無い。
僕は自分を変えられない。一歩も前へは進めない。何時か君が愛想を尽かせば、それをまた嘆くだけ…。
―― Das Ende. ――