漸く慌ただしく殺伐とした日々が終わり、差し当たって何もする事の無い、穏やかな昼下がり。仲間達は既に、それぞれ元の生活に戻っていた。だけど僕は帰国を少し延ばす事にしたんだ。まだ残ると言う君と、もう暫く一緒に居たかったから。
そして今は、ソファで本を読む君の横顔を見上げている。君はスッカリ本に意識を集中していて。僕は君を、誰に邪魔される事無く眺めていられた。
彫りの深い、知的で端正な顔立ち。まるで薄氷のような、淡い灰青色の瞳。更に淡い色合いの、銀糸のような髪。本を支えている器用で繊細な指先と、組んだ長い脚。君の全てが愛しくて、僕は胸が詰まりそうになる。
どの位の時間、そうして君を見つめ続けていたのだろう。僕の視線に気付いた君が、フと此方を向いた。いつもは冷たく冴えた瞳が、今は暖かい色を帯びて。その微笑みは僕だけに向けられている。たったそれだけの事で、ひどく嬉しくなってしまう自分に戸惑う。
「どうした?」
君が穏やかに問う。落ち着いた低音で、ほんの少しだけ掠れ気味の声。思わず聞き惚れる僕に、君は再び質問を投げ掛ける。
「先刻からずっと、何を見ている?」
…答えられる訳無いだろう。僕がずっと自分を見つめていたのだと、ちゃんと知っている癖に。君は本を閉じて、何も言えない僕の顔をワザワザ覗き込む。明らかに面白がってるのが分かる笑顔で、僕に追い討ちを掛けるんだ。
「別に。何でも無ぇよ。」
ワザと素っ気なく言って僕は目を逸らす。まるで拗ねたガキの様な声音に、我ながら呆れてしまうけど。そんな僕に、君の笑みが更に広がる。さも楽しげに、声を上げて笑い出す。どうせ君は、僕が照れてると分かって揶揄ってるんだろう?
別に良いさ。そうやって笑ってろよ。君は知らないんだ。僕がワザと拗ねてみせてるって事を。そうすれば君が笑ってくれるから。滅多に見せない、悪戯っ子の様な笑顔を見せてくれるから。
ついでに言えば、君の知らない事はもう一つある。意外と世話好きな君の為に、僕が何も出来ないフリをしてるって事さ。そうすれば君が構ってくれるから。仕方の無い奴だと苦笑を浮かべ、僕に手を差し伸べてくれるから。
きっと自分じゃ気付いて無いんだろう?そんな時の君はひどく嬉しそうで。僕はだから、君と居るとつい莫迦みたいに振舞ってしまうんだ。
だけどちょっとは考えても見ろよ。こう見えても僕だって、故国じゃ一人暮らしも長いんだぜ。本当は何でも一通り自分でこなせるに決まってるだろう?
でも正直言って、君に世話を焼かれるのは悪くない気分だ。だから僕は、密かに君の保護者振りを楽しんでいたりするんだけど。
そんな事を思い巡らしつつ、僕は漸く目を上げた。ソッと君の顔を窺う。もう僕を揶揄うのは飽きたらしい。君の関心は読みかけの本に戻っていた。だから僕は、また君を見つめている事にした。
これ以上は何もいらない。こうして君の傍に居られる、この穏やかな時間があれば。僕はそれで充分だ。
これが束の間の休息だとは分かっている。直ぐ其処に、望まぬ火種が待ち構えている事も、承知している。だからこそ、今はこの穏やかな幸せに浸っていたいんだ。
君と二人きりで過ごす昼下がり。そんな贅沢な時間は、滅多に手に入らないから。他の事に費やしてしまうのは勿体無い。僕はただ、君だけを見つめている。
この愛しい想いを見失わない様に。例えどんなに離れていても、君の全てを、ハッキリと思い出せる様に。
ひたすら君を見ていたい。
―― Das Ende. ――