この連邦に入国して極く初期の頃 ―― もう随分と昔の話になるが ―― 当時は俺も、普通に定住して暮らしていたんだ。惚れた女と結婚して、一男三女を授かって。それなりに円満な家庭だったと思う。結局その月並みな幸福は、妻の失踪で終わりを告げたんだが。
それ以来、俺は長い旅を続けている。最初は誘われる儘に旅団に入団し、仲間達と共に。彼等と袂を分かってからは、ずっと一人きりで。
あれからどれ程の歳月が流れたのか?様々な地を巡り、時折は暖かな人情に触れて。俺は今も一人、彷徨い続けている。
前に一度、かつての旅団仲間…ってぇか元上司に、「そろそろ戻って来い。」と誘われた。だが俺はそんな気にはなれなかった。別に大した理由なんて無い。ただ単に、面倒臭いと感じただけで。旅をするなら一人が気楽で良い、そう思っちまったから。今戻れば多分、ただの旅人では居られないだろう。かつて副長兼分隊長を務めた経歴が知れれば、団内で何かの役に付く羽目になっちまう。それが煩わしかっただけなんだ。
一人になってみて、分かった事がある。俺のいた旅団はかなり特異な存在だったらしい。当時の俺が思っていたよりもずっと。
個人が基本のこの世界で ―― って最近はそうでも無いか。様々な団体が泡の如く生まれて来てるし。でも、あの頃は珍しかったんだ ―― イキナリ大勢で押し掛けて、手前勝手なバカ騒ぎを繰り広げて。また唐突に慌ただしく去って行く。それがどんな事か、知ろうともしなかった。自分達が去った後の事など、当時の俺は考えもしなかったんだ。
俺自身もそれを面白がっていたから。今が楽しければソレで良いのさ。そんな風に、自分勝手に思い込んでいたから。
だけどなぁ…何となく、疲れちまったんだ。いつも誰かと一緒に居るって事に。いつも誰かに気を配ってなきゃいけないって事に。俺はいい加減、莫迦騒ぎには嫌気が差していた。
実は俺が任された二番隊は、徹底した個人主義者達の集まりだった。変り者の多かった旅団の中でも、特に個性的な奴等ばかりで。当然ながら旅団は団体行動が基本だが、俺の隊には単独行好きが顔を揃えていたんだ。勿論、この俺も含めてって意味だが。
とはいえ、部下達が手前勝手に振る舞ったという訳では決して無い。彼等の性癖に危惧を抱いた俺の要請をいれて、単独行の際には必ず俺に一言断ってから出掛けた。そういう面では律儀な奴等だったからな。
ただ、旅先で賑やかに振る舞う他の隊を尻目に、二番隊は何時も無口だった。俺の指示に従い移住して。滞在中は各々が好きな場所に散らばって、好きな事をして。そして時期が来ればまた、俺の指示に従い次の地へ移住する。その繰り返し。
別に集まって何をする訳でも無く、この俺に世話を焼かせるでも無く。隊長とは名ばかりの放任主義者に、彼等は黙って従ってくれた。だから俺が彼等の面倒をみるなんて事は、実際には殆ど皆無に等しかった。自分の事は自分自身で処理する、そんな連中だったんだ。
それが俺には有り難かった。存外に人付き合いが苦手な俺にとって、彼等は多分望み得る最高の人材だったろう。他人にどう映ったかは知らんが。きっと俺は、他の隊では隊長職など勤まらなかった筈だ。それは充分に自覚している。
だけど、それでも俺は、疲れを感じていたんだ。自分でも、どうしようもない我儘だと分かってはいたが。
それともう一つ。今はどうか知らんが、当時の旅団には『団長が旅を続けられなくなった場合、副長が後を継ぐ』という約定があって。俺はそれが嫌で嫌でどうしょうも無かったんだ。この先、もしR団長が退団を決意したら…?そう考えただけで、裸足で逃げ出したくなる程に。
だから…。もう何度目かも分からない移住連絡の際に。ずっと気に掛けていた女性から
「隊長の貴方と、結婚(=定住)を望むのは…きっと我儘すぎるわね…。」
そう淋し気な表情で言われて。俺は即答したんだ。
「君がそう望むなら。」
と…。
一旦は寿退団した彼女を旅団に引き戻したのは、実はこの俺なのだ。折に触れ人妻の彼女に甘い手紙を送り付けて。旦那の台詞に一喜一憂する彼女に、何かと助言をして。昔馴染みをくさす言葉に傷付いた時は
「何時でも旅団に戻って来い。」
とさえ告げた。俺は自分でも気付かぬ儘に、ずっと彼女を求めていたのかも知れない。
彼女の言葉を切っ掛けに、俺達は結婚へ向けて密かに準備を始めた。定住すれば必然的に、旅団を退団する事になる。団長に婚約を告げて、後任に引継ぎをして。そして俺は、義兄夫婦の住む賑やかな星の街で、二度目の結婚生活を迎えたのだ。
隊長権限で部下全員を自分達の永住の地に誘って。旅団二番隊瓦解という、大きな置土産を残して…。
その事について弁解する気は毛頭無い。後悔もしていない。忸怩たる想いがあるのは事実だが。あの時の俺は、そうせずにはいられなかったんだ。その儘では自分が壊れちまいそうだったから。
それが恐くて彼女の優しさを利用したのかも知れない。結果的に、彼女を俺の我儘に巻き込んでしまった。その事だけは、今でも気に掛かっている。
勢いだけで突っ走った最初の時と違い、彼女との結婚生活はとても楽しかった。傍にはいつも最愛の女性が居て。親友でもある義兄夫婦と、沢山の仲間達に囲まれて。星の街で俺は、薔薇色の生活を満喫した。お互いに晩婚だった為、残念ながら子供は出来なかったが。俺達は幸せだった。今振り返ってもそう思う。
そういえば、シッカリ者の妻の才覚で、店を開いたのもこの頃だ。妻お手製のアヤシイ薬品を売るその店は、これで中々商売繁盛してたんだ。『星の街の闇商店』として、旅人の観光名所にもなった位だからな。
しかしそんな幸せな日々の中でさえ、俺は無性に旅に出たくなる事があった。見知らぬ地への憧れは抑え切れず、だがこの国では既婚者の移住が禁止されていて。堪らない程の苛立ちと焦燥を覚える。そんな事が何度もあった。
多分、その時だ。自分が根っからの放浪者だと悟ったのは。俺は結婚には向いていない。つくづくそう思い知らされた。
新しい生を受けた時、俺は一人きりで旅に出た。ほぼ同時期に転生した(元)妻は、共通の友人と所帯を持つ事を選んだ。今も過疎地で穏やかな家庭生活を送っている。俺も何度か遊びに行ったが、その度に暖かい笑顔で迎えてくれた。ずっと望んでいた幸福を、彼女は遂に手に入れた。もう俺は必要ない。
それ以来ずっと、俺は一人旅を続けている。連邦各地を気儘に彷徨い、やがて何時か力尽きて倒れ伏す。その繰り返し。
そして今も、ソレは続いている。見知らぬ土地を渡り歩き、時折は旧友達の元を訪ねて。タマには滞在地で役職を頂いて、会議で莫迦な台詞を吐いてみたりして。相も変らぬ根無し草の放浪生活。時々…ってぇか、かなり頻繁に行きずりの恋をして ―― こう見えても俺は結構モテるんだぜ?
長い一人旅の中、定住を考える事も無いでは無かったが。旅に出たくても許されないあの焦燥感。ソレが俺には耐え難い苦痛だったから。俺は誰かと一緒には居られない。一ヶ所に留まるのは性に合わないし、旅をするなら一人が気楽で良い。心底からそう思う俺には、道連れなんか必要ないんだろう。
それでも、以前に比べて時間の流れが緩やかになって来ている。歳を取ったというだけの事かも知れんが。穏やかで平和な時間が心を満たす。慌しく移住を繰り返す中にあっても、以前のアノ焦燥感は、嘘の様に消え失せている。
何故だろう?立ち止まって考えてみる。そんな余裕すら出来た。何時の間にか俺の中で何かが変化したらしい。
追われる様に移住を繰り返すのではなく、フラットな気持ちで出会いに向かい合う。疲れを感じれば滞在を延ばして身を休める。そんな当たり前の事に必要な心の余裕が、漸く俺にも芽生えたのだろうか?自分自身の変化に戸惑いつつも、俺はこの新しい感情を楽しんでいる。
もしかするとソレは、拠点を失った事が原因なのかも知れない。懐かしい星の街は既に、俺とは縁の薄い地に成り果てている。親友でもあった義兄夫妻も居ない。故郷と呼ぶべき場所を失くした俺は、当ても無く彷徨っている。その事が皮肉にも、呆れる程の安堵感を俺に与えてくれるのだ。『待たれている』という焦燥感からの解放と、己の望む儘に進むべき方向を定められる自由。
勿論、暖かな交流を否定する積もりなんか無い。あの星の街で、愛する妻と親しい仲間に囲まれて、俺は確かに幸せだったのだから。
ただ俺は、安定した定住生活よりも、一人で旅する事を選んだ。その方が楽だったから。それだけの事だ。俺はそんな生き方しか出来ないらしい。
俺が俺で在り続ける為に。自分を偽らないでいる為に。俺は旅を続けるのだろう。
もう二度と、俺が旅団に戻ることは無い。そして多分、何処かに誰かと居を構える事も。この先もずっと、俺は一人で漂っていくのだろう。
俺は何処へ行こうとしている?何を求めている?
その答えを探す為に、俺は歩き続けている。何時の日か、旅の終わりを迎えるその時まで。
それが何時かは、今の俺には分からないけれど…。
その時が来る迄は。捨てきれぬ絆と、見果てぬ夢をこの胸に抱き締めて。孤独と、それ故の自由を両の手に握り締めて。
今日も一人、俺はただ歩き続けている。