新たな幕開け



 旧連邦で俺は、何世代もの間、たった一人で連邦中を流離ってきた。それは旅団と袂を分かった時に自ら望んだ事。そして新連邦の幕開けに際し、元来性に合わぬ定住生活を始めたのもまた、俺自身が決めた事だった。パートナーに選んだのは、同じ元旅団員YR。旧連邦の最後を共にした彼女となら、ウマくやって行けると思ったんだ。
 俺達は再構築なった連邦を二人で彷徨い、やがてRH市に居を構えた。其処で三男三女を授かり、その子供達が成長して。末娘の成人を見届けた七年後、YRは息を引き取った。その四年後に、今度は俺自身の寿命が尽きた。享年三十歳。ソレナリに充実した、悔いの無い人生だったと思う。
 従来ならココで、新たな生を授かるトコロだが。その時の俺は、心身共にひどく疲れ果てていて。もうこれ以上、無目的な旅を続ける気力を失くしちまってたんだ。
 これから話すのは、俺の跡を継いだSDの、新たな連邦物語…。

 その日SDは生まれ故郷を旅立った。亡くなった先代 ―― 俺の事だけど(笑) ―― の墓参りの為に。ソレは彼にとって、初めての旅だった。
 RH市では、故人 ―― って、だから俺だってば(笑) ―― の友人が弔いの宴を催しているという。旅団時代の元部下にして、旧友でもあるMN君。転生を拒んだ俺が、今の彼に会う事はもうない。僅かに胸が疼いたが、それ以上に興趣が湧いた。貴公子気取り(笑)の『JD』を探しているだろう彼が、SDに対してどんな反応を示すのか?ソレが知りたくて、SDには内緒で、俺もコッソリ憑いて行く事にした。

 俺が居た当時から、RH市は大きな街だった。今も人口が多く、相変わらず賑わっている。しかしそれは、人探しが目的のSDに却って仇となった。しかも探している当の相手の顔を、SD自身は知らないときている。彼が知ってる事といえば、目指す相手がMNという名の男性という事と、年齢は二十代半ばという事。それだけだ。道行く人に尋ねるが、何とも反応が薄い。
―― そーゆー処も相変わらずなんだなぁ(苦笑)。
 良く言えば他人にいらぬ干渉をしない。ぶっちゃけ、見知らぬ相手を放ったらかしにする土地柄なんだ、昔から此処は。
 この過密地でたった一人の人物を探し当てるには、SDの持つ情報は不足している。在住民の協力も期待できない。諦めた彼は、一先ず俺の墓へと向う事にした。自分が俺の跡を継いだ事、旧友達が俺を偲んで酒を酌み交わしている事。そんな諸々の状況を墓前に報告しようという訳だろう。俺に似ず殊勝なヤツだからな、コイツは(笑)。
 墓前に供える生花を携え、グリフィン墓地へと向うSD。其処は普段、誰かの葬儀でもなければ滅多に訪れる人もない、静寂に包まれた死者の寝所…の筈だった。しかし今日は違う。何やら騒々しい物音が聞こえてくる。極めて場違いなその音は、墓地に近付くにつれて大きくなっていった。
 墓地に足を踏み入れたSDは、余りの光景に思わず立ち竦んだ。
「これは…?!」
 其処では大勢の人々が酒宴を繰り広げていた。多分コレが『俺を偲ぶ宴』というヤツだろう。ソレは分かるが、そちこちに逃げ惑う人達がいる。そして逃げる彼等を追って姿を現した男を見て、SDは更なる驚愕に陥った。…っつーか、俺もオドロイタ。
 ソレは髭を蓄えた壮年の偉丈夫で、けれど何故か芸者姿。豪奢な女物の衣装を纏い、ご丁寧に日本髪の鬘まで被っている。彼の動きにつれて、髪に挿された銀の簪がチリチリと涼やかな音を立てる。
―― コイツ…何か悪いモンでも食ったのか…?
 見覚えのある髭面。その男がMN君だと、直ぐに俺は分かった。しかし勿論、SDは彼を知らない。俺も教えてやる気になれなかった。否、SDが旅に出た当初は、もし会えたら教えてやろうと思ってたんだが。この芸者コス男が俺の旧友だと ―― ついでにその芸者姿も、晩年『水戸の御隠居』を気取っていた俺が、彼を高名な隠密『お銀』に任命したのが発端だと ―― 入国間もないSDに伝えるのは憚られた…っつーか、俺まで誤解されそうで、嫌。…って、誤解ぢゃねぇだろーって説もあるが(爆)。
 まじまじと自分を見詰める視線に気付いたのか、MN君が此方に歩み寄る。そして二人はその儘、名乗るでもなく互いを検分していた。
―― 何をやっとるんだ、コイツ等?
 男同士の見詰め合いに焦れた俺が、強引にしゃしゃり出ようとしたその時。遠くで誰かがMN君に呼び掛けた。その声に、呆けていたSDが漸く我に返る。
「貴方がMNさん…ですか?」
「あぁ、ボクがMNだ。それで君は?」
「僕の名はSDです。ずっと貴方を探してたんですよ。」
「SD…?そういえば…アノ人に似てるな…。」
 MN君がSDに向き直る。まるで心の中まで見透かそうという様な、鋭い眼差し。暫くそうしていた彼は、不意に笑顔を作り、傍らの酒瓶を取り上げた。
「良かったら君も一杯どうだ?」
「ありがとうございます。遠慮なく頂きます。」
…とは言うものの、グラスも杯もない。瓶から口飲みしろってか?ヘンに育ちの良いSDの顔が曇った。一瞬迷ったものの、今更断る訳にもいかない。仕方なしに一升瓶に口を付ける。その拍子に、酒瓶のラベルが俺の視界に入った。名高い辛口の銘酒。流石は数百年来(爆)の旧友だ。俺の好みを熟知してるぜ♪
(流石は酒豪だった先代の旧友。上等の酒を御持ちですね。)
 SDの方もやっぱり感心しつつ、傍らで飲み直すMN君を盗み見ている。男らしい鋭角的な輪郭。立派な口髭を蓄えたその容貌は、迫力すら感じられる。…でも芸者姿(爆)。
 改めてMN君を観察した結果、SDは彼を『良く分からんお人』だが『先代の大切な友人』で『丁重に扱うべき年長者』だと判断したらしい。警戒心から緊張していた表情が、ほんの少し柔らいだ。
「なぁ、SD。もしかして君は…」
 そんな心の動きを察知したのか、唐突にMN君が話し掛けてくる。油断していたSDは咽せてしまった。
「驚かせしまったか?すまん。」
「いえ、構いませんよ。それよりMNさん、何だか素敵な格好をされてますね?」
 ワザとらしく話題を変えるSD。俺の悪戯心とは別に、ヤツの方も、自分が俺の後継者だと打ち明ける気は、まだないらしい。
「ソレって普段着ですか?」
勿論、そうでないのは百も承知(笑)。
「そんな訳ないだろう!」
 SDの問題発言に、MN君はイキナリの頭突きで応えた。芸者ヅラに挿された簪が、シャランと派手な音を立てる。しかしその分厚い鬘がクッションになったのか、SDに然程のダメージは無かったらしい。笑って酒瓶と口付けを交わしている。
 そんなSDを、MN君は複雑な表情で眺めていた。どうやら勘付いたらしく、俯いて何やら考え込んでいる。きっとどうしても、SDの口から事実を打ち明けさせたかったのだろう。暫しそうしていたMN君は、名案を思い付いたのか、不意にニヤリと不敵な笑みを零した。傍らからソッと新たな酒瓶を取り上げる。後に周囲に語ったトコロに寄ると、天の声が『芸夢を飲ませるんだ!』と言ったとか、言わなかったとか…。
 その『天の声』なるものが示唆した『芸夢』は、知る人ぞ知る、連邦某地でのみ醸造されている特別製の酒だった。口当たりはまろやかで、味も極上。正に名代の銘酒と呼ぶに相応しい…コレで自白作用さえなければ、の話だが(苦笑)。方々の村で様々な激戦が繰り広げられていた旧連邦時代の、謂わば置き土産というヤツだ。
 MN君の企みを露知らぬSDは、相変わらず暢気に酒瓶と戯れている。満面に笑みを浮かべたMN君は、再びSDに声を掛けた。
「取って置きのヤツがあるんだが…試してみないか?」
 新たな酒瓶を示すMN君の表情を見て、SDの脳裏に危険信号が点ったらしい。
(彼が持ってる酒、アレは確か…。)
前世の記憶を辿り、その正体に思い当たる。だって俺が知ってる事は、当然SDにも引き継がれるんだからな。
(成程、そう来ましたか。ならばコチラもソレナリの対応をさせて頂きましょう。)
 さり気なく自分が風上にいる事を確認し、SDはコッソリ白い粉を取り出した。『白昼夢』という名の幻覚剤。我が『翡翠商店』開設以来の家伝薬だ。風に乗って静かに拡がるソレを視界の端に捉えつつ、SDは芸者姿のMN君が握る酒瓶を手に取った。
「さ、今度は僕がお注ぎしましょう♪」
 芸夢を奪われ、慌てるMN君。キッとSDを見返す瞳は、しかし直ぐに困惑の色を刷き、宙空を彷徨い出す。
(当家自慢の秘薬。どうやら、流石のMNさんにも効いてきた様ですね。)
ほくそ笑むSDを余所に、MN君はイキナリ懐から新たな酒瓶を取出した。ソレを一気に煽る。そしてその儘、雄叫びと共に、エライ勢いでドコへともなく走り出す。
「MNさん?!」
 呆気に取られたSDは、彼の背を見送るしかなかった。
 余談だが、MN君の飲んだのは『大吟醸滝落ち』。その名の通り、体が意思の制御を離れ勝手に滝に飛び込むという、オソロシイ作用を持っている。幻覚なんかじゃなく、本物の滝にしか反応しない。きっと水に入って自らの覚醒を促す積もりだろう。方法論としては正しい。しかし…アイツ、一体ドレだけ闇酒を仕込んでやがるんだ…?
 遠ざかるMN君の着物の裾が翻り、時折、網タイツを穿いた逞しい脚が覗く。一人取り残されたSDは、その後姿を眺めつつ、誰にともなく問い掛けた。
「MNさんのソノ格好、やっぱり普段着ですか…?」
―― っつーかお前も、ツッコミどころはソコかよ?(爆)

 再び一人になってしまったSDは、幻覚剤の効果が薄れるまで、暫くその場に留まっていた。残っていたフツウの吟醸酒で喉を潤しつつ、購入したものの読めずにいたビレジ新聞を広げる。
「……!!」
 途端に息を飲むSD。釣られて紙面を覗いた俺の目に、自分が遺した子供達の訃報が飛び込んできた。何れも享年20歳前後。寿命にはまだ程遠い。余りにも早過ぎる…。
 同じ紙面は『網タイツにミニ丈の衣裳の旅人(笑)』の連勝も報じていた。しかし今の俺には ―― そしてSDも ―― その旅人が、芸者姿で酒を勧めていたMN君の事だと、気付く余裕すら失かった。
 どの位の間、そうやって立ち尽くしていたのだろう。不意に誰かがSDに声を掛けた。
「御隠居の…J氏の子供達のことかい?」
 振り返ると其処に、何時の間にか芸者装束を脱ぎ捨てたMN君が立っている。俺の子供達の死を聞き及び、年若いSDを心配して戻ってくれたらしい。何も答えないSDの非礼を咎めもせず、MN君は言葉を続けた。
「きっと彼を慕う子供達は、父親と離れたくなかったんだろう。だから一緒に旅立ったんだよ。」
「そうですね」
 MN君の言葉に素直に頷くSD。その拍子に、彼の足元が目に入る。ソレは相変わらず、例の網タイツに包まれていて…。
(やっぱり普段からソノ格好なんですね、MNさん。)
場にそぐわぬ莫迦な事を考えるSD。けれど、傷心の自分を心配してワザワザ戻ったMN君にソレを言うのは、流石に憚られたのだろう。曖昧な表情を浮かべ、黙って彼に一礼した。再び視線が降下して、網タイツがまた視界に入る。SDの肩が小刻みに揺れた。失敬にも笑いを噛み殺しながら、やっとの事でこれだけを言った。
「お陰で気が晴れました。」
―― アル意味、真実(爆)。
 そのビミョーな口調にナニを感じたのか、MN君はイキナリ網タイツを脱ぎ捨てた。
「コレはナイスミドル修行の一部。でももういいんだ。」
白い歯を光らせて笑いながら続ける。
「ジークもボクみたいなナイスガイになるんだぞ。」
(ナイスミドル…網タイツで…?)
ハゲシク困惑したSDは、取り敢えずといった口調でこう答えた。
「努力してみます…。」
 一陣の風が二人の間を吹き抜けた。主を失い抜け殻となった網タイツが、それ自体ナニカの生き物の様に、風に乗り舞い飛んで行く…。
「それよりサボ杯、頑張って下さい」
気を取り直してエールを送るSDの顔に浮かぶのは、微笑というより寧ろ、ヘラヘラ笑いに近かった。

 二人の会話が途切れ、辺りに気まずい沈黙が圧し掛かる。それを打ち破り、不意に明るい声が響いた。
「MN、見ーっけ♪」
突然現れたうら若い美女が、歓声を上げてMN君に飛び付く。その背に靡く長い金の髪が、陽光を弾いて揺れる。
「もしかして…YF?!」
 彼女は旧旅団二番隊員、つまりはMN君と同様、俺の元部下。…なんて説明は、この際置いといて。YF嬢の姿を目にした途端、俺はある事を思い出した。
『彼女から商品代金を取り立てろ!』
我を忘れてSDに喚き散らす。旧連邦時代にアヤシイ商品を売り付けたは良いが、代金を貰い損ねてたんだ。
(ソレ、もう時効じゃないですか?)
『煩ぇっ!闇商店にソンナモンあるか、莫迦!!』
(でも相手は初対面の女性ですし…。嫌ですよ、僕は。)
 端から見ればSDの独り言にしか見えなかっただろう(笑)。不毛な遣り取りに追われる俺達を余所に、MN君はその場に座り込んだ。
「再会を祝して飲みなおそう♪」
そう言って、懐から酒瓶を取り出す。勿論YF嬢に否やは無い。
「ん?お酒?!飲む飲む〜(ハァト)。」
相変わらず一人でブツブツ呟いている ―― 様に見えるだけで、実は俺と口論の真っ最中の ―― SDに不審の眼差しを向けるが、それも一瞬の事。満面の笑顔で、MN君から酒を受け取った。その儘、口元に運びかけ…何故か、怪訝な表情を浮かべるYF嬢。手を止めて考え込んでいる。
「何だか…飲んじゃいけない気がする…。」
彼女の本能が、何か危険を察知したらしい。
「気にするなっ!」
やおら酒瓶を取り上げ、強引に飲ませるMN君。見る間にYF嬢の頬が紅潮していく。
「体が勝手に滝へ〜!」
 突然の悲鳴で我に返ったSDの目に映ったのは、滝へ向って走り去るYF嬢の後姿だった…。
(どうやら、MNさんに一服盛られた様ですね。)
 飲み込みの早いSDは、薄々事情を理解していた。しかしその、一服盛った当人の方も見当たらない。彼を探してキョロキョロと辺りを見回す。
『ヤツなら逃げたんじゃねぇ?』
(逃げた…?でも彼、僕に素性を白状させたかったんじゃ…?)
『俺に恐れをなしたんだろ、きっと。』
 多分、俺とSDの遣り取り ―― っつーか、MN君から見ればSDの独り言?(笑) ―― に紛れ込んでいた『闇商店』の単語を、耳聡く聞き付けていたんだろう。それならば、コイツを俺の跡継ぎと悟った彼が、直接対決を避けたと見るのが妥当だ。
 しかしSDは承服しかねたらしい。俺の台詞を、根拠のない独り善がりと決め付けて、返事すら寄越さなかった。

 宿に戻ったSDは、旅支度を整えた。シツコク旧連邦時代の売掛金に拘る俺に耳を貸さず、勝手に荷物を纏めて、足早にトンデ門へ向かう。しかしソコには先客が居た。若い女性が二人と壮年の男。旅人かと思いきや、ナニヤラ様子がオカシイ。
「MN(ハァト)」
「落ち着け!ボクとYFは孫と爺さんくらい年が離れて…」
―― そーゆー取り込み中かよ(苦笑)。
 三人がSDに気付き、振り返る。MN君と見知らぬ少女、そしてもう一人…
「YFさん!」
無事で良かった…と続く筈の言葉はしかし、SDの喉で凍り付く。彼を見るYF嬢の瞳は怒りに赫く燃えていた。余りの形相に怯んで立ち竦むSD。俺は思わず失笑を漏らした。
『敵前逃亡の報いってヤツだな。』
 そう言い放ち、俺はヤツから肉体の制御権を奪い取った。
『何をする気です?!』
慌てるSDを尻目に、俺は元部下達へ声を掛けた。
「YF!旧連邦時代の借金、払って貰うぜ。」
「MN、君には滝落ちの礼がまだだったな?」
そう言い様、俺は懐から『例のブツ(笑)』を取り出す。黒光りするサッカーボール大のソレを見て、その場に居た全員が凍り付く。怒りに激昂していた筈のYF嬢までも、呆けた様な表情で固まっていた。
『何時の間にソンナモノを?!』
SDの驚愕の叫びが脳裏に響く。
―― あーあ、皆コレを爆弾だと思ってるな。ま、前世までの俺を知ってりゃ無理もないが(苦笑)。
「ホンの餞別代わりさ♪」
 俺は笑ってソレを力一杯放り投げた。漆黒の塊が陽光を弾いて中空高く舞い上がり、キレイな放物線を描いて落下する。そう、丁度MN君とYF嬢の頭上を目掛けて。
 その瞬間、MN君が前へ飛び出した。連れの二人を庇う積もりなのだろう。激しい爆音が轟く。女性達の前に立ちはだかるMN君を色鮮やかな火花と白煙が包み込む。地上に咲かせるには勿体無い程の、大輪の火の華。
 色とりどりの炎が踊る中心で仁王立ちのMN君。顔一杯に困惑の色を浮かべた彼は、呆然と呟いた。
「へ…?花火…だったのか…。」
「相変わらずそそっかしいヤツだな(苦笑)。」
「隊長らしいや。」
 そう言って笑うMN君は実に爽やかな顔をしていた。悪戯が功を奏して満足した俺は、肉体をSDに明け渡した。『コレ』は本来コイツのモノだしな。
「また会おう。」
「何れ必ず。」
 MN君の差し出す手を握り返して。コレでSDも、この連邦に友と呼べる相手が出来た訳だ。らしくもない感慨に耽りながら、俺はその光景を見守っていた。
 SDの手を放し、背後の女性達に向き直るMN君。
「ぷっ!」
「やっだぁ、MNさんたらぁ!」
途端に彼女達が笑い出す。MN君を指差し、腹を抱えて笑うYF嬢の瞳に、怒りの色はもう無い。
「しょーがないなぁ(笑)。」
 女性達を背後に庇って、一人で爆煙 ―― 否、だから花火だったんだけど(笑) ―― の被害を被ったMN君。その前面は所々火花で黒く焼け焦げ、煤に塗れた酷い有様で。女性達に向けていた背後は、当然ながら全く無傷で。丸っきりオセロの駒状態だ。
―― っつーか、マジで前後が違い過ぎだっつーの(笑)。
「再会を楽しみにしています。」
 笑いを含んだ声音でそう言い残し、SDはトンデ門を潜った。その背後でYF嬢の明るい声が聞こえる。
「MN、私も一緒に行くよ〜♪」
離れ過ぎてしまったのか、MN君の答えはもう聞こえない。けれど俺は確信していた。きっと彼等なら、旅団としての活動を続けてくれるだろう。
 かつて部下と呼び、隊長と呼ばれた日々は遥か彼方。もう遠い過去の話だ。俺が再び旅団に復帰する事は有り得ない。だが、それでも。かつて青春の一時期を捧げた(笑)古巣が今も健在だと、そう思えるのは悪くない。
 ずんずん遠ざかるSDの背へ、思い出した様にYF嬢が声を掛ける。
「SDさん、また会いましょうね。」
軽く片手を挙げて応えるSD。振り返らず、前を見据えた儘で。
 その瞳はけれど、楽しげに煌いていた。見知らぬ土地への、そして旅先で友と再会する日への期待。ソレは俺にも覚えのある感情で。自ら手放したソレは、今の俺には眩し過ぎて。
 俺は黙ってSDから離れた。俺の役目は終わった。先に逝った連中と、あの世とやらで旧交を温めるとしよう。

 SDは今、自分自身の旅の第一歩を踏み出した。

 

―― Das Ende. ――



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