はにぃどりぃむ



 過疎の進む寂れた山村。太古の繁栄は見る影もないその地で、一つの土人形が発掘されました。彩色すら施されぬ儘の、蜂蜜色をした素朴な素焼きの人形。
 まるで踊るが如く一方の手を頭上に翳し、もう一方の手は緩やかなカーブを描いて腰の前に。その顔は目と口に穴を開けただけの簡単な造作で、けれど計り知れない表情を湛えていました。
 さして学術的な価値も無かったそれは、村で唯一の小学校に寄贈されました。その学校は今でも木造の校舎を使用していて、木の香りが漂う中で全校生徒 ―― といっても数人ですが ―― は仲良く机を並べて学んでいたのです。
 その土人形は歴史の教材として、教室の片隅に据えられました。けれど実際に使われる事は稀で、誰かが目を留める事すら滅多にありませんでした。時の流れに置き去りにされ、今また人々に忘れ去られた儘で、静かに佇んでいたのです。


 昼間は大勢の子供達と幾人かの大人達が居て、いつも賑やかな笑い声と沢山の物音で溢れているこの場所。でも夜は私だけのものになる。誰も居ない空間で、私は一人ぼっちで踊るの。だって私は踊り子だから。
 喧騒は掻き消え、闇を静寂が満たす時。神々が最も傍におわすという、祈りを捧げるに相応しい時。子供達の目から逃れ、世俗の柵から解き放たれて。私はただ一人、ひたすらに踊り続けるの。
 私の踊りは祈りの舞。太古の昔に託された、大切な願いを天に伝える為の神聖な踊り。その為に、私はこの身を捧げたの。だって私は踊り子だから。
 私を生み出した人達は皆とうに亡くなって、もう誰一人として残ってはいない。けれど彼等の祈りが消え去る事はないわ。何故なら、私がこうして受け継いでいるから。今も尚、その想いは神々へ届いている筈だから。
 夜が明けて、最初の陽光が射し込める時。私に許された短い自由の時は、終わりを告げる。与えられた仮初の休息所に戻り、静かに佇む。一方の手は頭上高くに。もう片方の手は腰の前に。静止のポーズを決めて、再び夜が訪れるのを待つの。


 過疎の進む寂れた山村。その村で唯一の小学校は、今でも木造の校舎を使用していました。木の香りが漂う中で、全校生徒 ―― といっても数人ですが ―― は仲良く机を並べて学んでいたのです。
 この学校には一つの噂がありました。何処の学校にでもある、昔から語り継がれている怪談話です。古びた校舎に毎夜の様に現れる若い女の幽霊。それは桜色の薄絹を纏った、この世の物とも思えぬ程に美しい娘だそうです。誰も居ない夜の学校で、彼女は一晩中踊り続けるのだと言われています。
 春が訪れて、最上級生が卒業して、新入生がやって来ても。子供達が入れ替わり、季節が移り変わっても。真偽の程も定かでないその噂は、実しやかに囁かれ続けていたのです。


 時々、夢を見るわ。
 ある日突然、子供達が私に気付くの。そしてこう言うのよ。
「ねぇ、僕たちと一緒に踊って。」
 そして神に捧げる祈りの踊りを、私は彼等に教えてあげるの。それはきっと、彼等に充分な感銘を与える。そしてまた新たな祈りが生まれるの。人の生命と、その脈々と受け継がれる愛を讃える為に。私は踊り続けるの。

 時々、夢を見るわ。
 ある日突然、私の前に彼等が現れるの。そしてこう言うのよ。
「今まで長い間、ありがとう。君は充分にその務めを果たしてくれた。」
 そして神の居ます永遠の楽園へ、彼等は私を導いてくれるの。そこできっと、私は充分に休息を得られる。そしてまた新たな踊りを舞うの。神の恩寵と、その限り無い愛を讃える為に。私は踊り続けるの。

 時々、そんな夢を見るわ。
 それは決して叶う事は無いと、自分でも承知しているけれど。それでも尚、私は夢見ずにはいられないの。
 ある日突然、私は一人ではないと。もう誰も居ない場所で、誰も見ない踊りを舞う事はないと。そう告げられるのよ。
 きっと何時か、そんな日が来る。そう信じて私は踊り続けるの。だって私は踊り子だから。
 己が使命を果たす為に。かつて生み出してくれた人々の祈りを、八百万の神々に伝える為に。この身が砕け散る瞬間まで。
 私は一人、夜を徹して踊り続ける…。


 過疎の進む寂れた山村。此処にも春は訪れて、最上級生が卒業して、新入生がやって来て。子供達が入れ替わり、季節が移り変わって。何時の間にか、長い長い年月が経ちました。
 その間に村の過疎は更に進んでいきました。人々はもっと大きな街へと移り住み、子供達も去って行きました。今年は遂に新入生が一人もいませんでした。そして今いる生徒達が卒業したら、此処は廃校になるのだそうです。残り少なくなった生徒達は、広い教室の真ん中で、身を寄せ合う様に机を並べて学んでいます。
 あの土人形の事は誰も口にしませんでした。他の沢山の備品と共に、何処か別の学校に寄贈されるか。廃校と同時に捨てられてしまうか。多分そんな処なのでしょう。
 けれど蜂蜜色のその顔に恐怖も感慨も無く、ただ教室の片隅にヒッソリと佇んでいました。人々に忘れ去られた儘、もう直ぐ居場所を奪われるかも知れないというのに。恬淡と我が身の運命を受け入れるかの様に見えました。

 廃校まで、あと数年。踊り子の幽霊は今も尚、夜毎に現れるそうです。そして誰も居ない古びた校舎で、ただひたすらに舞い続けているのです。

 

―― Das Ende. ――


踊り子、見たいですか…?



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