Kの悲劇



 慣れ親しんだ旅団を脱けたOTと俺は、『星の街』と名高いM市で所帯を持った。二人とも長い放浪生活の中で歳を重ね過ぎた為、残念ながら子供には恵まれなかったが。お互い仕事も武術もソツなくこなし、それなりに充実した生活を送っていた。
 長旅の末に此処に辿り着いた余所者を、街の皆は暖かく受け入れてくれた。街の名士だった義兄夫婦も、いつも俺達を気に掛けてくれて。追われる様に連邦中を彷徨う事も無く。部下と在住民の遣り取りに目を配る必要も無く。生まれて初めてといって良い穏やかな生活を、俺は心底から満喫していたんだ。
 だが、ソレに飽き足らない男が一人だけいた。誰も気付かない間に、彼は密かにアル決心を固めていたのだった…。

 長閑な日々を楽しむ俺の耳元で、ある日唐突に、聞き慣れた声が響いた。
『隊長、もう良い加減で漁長になれよぉ。』
「お、お前は…!?」
 ソレは紛れも無く元部下K隊員の声だった。俺が隊長職を張っていた第一〜二期旅団二番隊で、ずっと陰ながら隊を支えてくれていた男だ。俺が所帯を持つ直前、自らの死期を悟り、残された時を自分の旅がしたいと隊を離れた。
「他の幹部達が何と言おうと、この俺が許す。お前の思う通りに生きろ。」
 そう言って送り出したのは、まだ記憶に新しい。確か何処かの過疎村で、大往生を遂げたと風の便りに聞いている。
「お前、死んだ筈だろう?!」
 俺はオドオドと辺りを見回した。しかし奴の姿は何処にも見当たらない。
「何処にいる?姿を見せろ!」
『無理だよ、私はもう死んでるんだから(苦笑)。』
「ま、まさか…(汗)。」
『そう、そのマサカです(笑)。』
「…何の用だよッ?」
『だから隊長、漁長になれってば♪』
 ―― 振り出しに戻ってるぞ、オイ(溜息)。
 結局、K隊員の話を総合すると、こうなる。生前は仕事熱心だった彼。旅人というハンデを物ともせずに、移住先で何度も漁長職を拝命していた。そんな彼にしてみれば、同じヒシジヴ所属の元上司が一度も漁長になれないのは、承服しかねたらしい。そう、幽霊になって取り憑いてまで催促したくなる程に…。
『だから、隊長が漁長になるまで傍で見守ってるからね。』
 ―― いらねぇよぉ(泣)。お気持ちだけで充分だ…っつーか、充分以上だぜ。
「お前、もっと他に見守るべき相手がいるだろぉが。確か転生したんじゃなかったか?」
『あ、次代の事なら大丈夫。私が憑いてなくても、もう漁長だから(笑)。』
「…悪かったな。」
 どうにも仕方ないらしい。俺は諦めて漁場に向かった。こうなったらサッサと漁長でも何でもなって、奴には早く成仏して貰おう。そう思ったんだ。

 その日から、俺の生活は一変した。どっちかというと武闘派の俺は、今まで仕事よりも訓練に重点を置いていた。それが一転、釣三昧の日々を送る様になった。そうせずにはいられなかったんだ。だってアレからずっと、K隊員が肩の上でブツブツ言い続けてるんだぜ?(苦笑)
 早く漁長になって、元部下を成仏させてやりたかった。そうしないと、俺の余生が仕事一色になっちまうかも知れん。否、絶対そうに決まってる(汗)。
 必死の努力の甲斐あって、俺の仕事ランクは目覚ましく上がっっていった。もう少しで頂点に手が届く。そうすれば初の漁長も夢じゃない。故K隊員の悲願と、俺の幸せな老後(笑)まで後一歩…。
 悲劇が起こったのは、そんな仕事漬けの日々の最中だった。その朝、俺はいつもの様に漁場に直行した…筈だった。それなのに…。
「毎度ご利用ありがとうございました〜♪」
「…あ" ?!」
『隊長…(溜息)。』
 フと気が付けば、俺はヤーノ商店の前にいた。何時の間に買ったのか、両手に余る様々な品を抱えている。身に覚えが無いが、ワザワザ店主自ら見送るって事は、やっぱり俺が購入したのか…?
 俺は慌てて財布を確かめた。案の定、昨夜迄はかなりあった所持金がゴッソリ減っている。
 ―― ヤバいッ!!無駄遣いは減点対象だ。
 俺は慌てて漁場に戻った。働かなくちゃ!この有様じゃ漁長は到底無理だ。K隊員が浮かばれない…っつーか、俺の明るい老後があぁぁぁっ!!
 この儘ではイケナイ。俺は何とかしようと足掻いてみた。寸暇を惜しんで働いて、ジワジワとランクを上げて。仕事ポイントを取り返し、無駄な買い物で失った分まで稼いで。そうやって得たなけなしの金を持って。
 再びヤーノへGO!!(爆死)
 我に返れば、要りもしない品々を山の様に抱えていた。
 意気消沈しつつ、仕事ポイントを取り戻す為に、俺は漁場に泊り込みで働いた。しかし時既に遅し。俺の体内で連邦名物『自動買い物システム』が発動してしまったらしい。少し纏まった金が貯まると無自覚にヤーノ商店へ走る。ソレは連邦国民に等しく植え付けられた、逃れられない哀しい性…。
 こうなってしまっては、もう誰も俺を止められない。幾ら働いても、小金が貯まれば足は勝手に商店へ向かう。
『隊長、漁長はぁ?』
「分かってるってば(汗)。」
 故K隊員の催促さえ、今の俺には何の効力も無い。漁場→ヤーノ商店→漁場→ヤーノ商店→漁場→ヤーノ商店…以下略。終り無き円環を、俺はひたすら辿り続けるしかなかった。
 暴走を止める事も出来ず、かといって悲願 ―― 俺の漁長就任 ―― への諦めもつかず。成仏も叶わぬ儘に、無駄と知りつつK隊員は俺を諌め続けた。

 そんなある日、俺はヤーノの店先で呼び止められた。見ると妻が何やら小さな包みを抱えて微笑んでいる。歩み寄ると、彼女はホッとした顔でソレを差し出した。
「JD、コレ…。」
「おぅ、OTか。何だ?」
「お弁当よ。ちゃんと食べなきゃ体に悪いわ。」
「…スマン。」
「私はJDが元気ならそれで良いのよ。体には気を付けてね。」
「ありがとう。」
 寝食を忘れて仕事と買い物に明け暮れる夫に、愛想を尽かすどころか食事を差し入れてくれるとは。OT、君は何てデキた妻なんだ!愛してるぜ♪あぁ、ホントに良いお嫁さん貰ったなぁ(喜)。
『隊長ぉ、呑気に弁当食ってる場合じゃないでしょうが。』
「腹が減っては戦は出来ぬって言うだろう?」
『食ったら買い物する癖に…。』
「煩ぇ!」
 そして空腹を満たした俺が、K隊員の危惧通り買い物に走った事は、言う間でも無いだろう(笑)。食事の心配も解消された今、『自動買い物システム』を妨げるものは何も無い。愛妻の協力を得た俺は、M市始まって以来初の『食事サービス付き買い物魔人』と化したのだった…(爆)。

 その後も相変わらず、俺は漁場とヤーノ商店を往復し続けていた。愛妻に支えられ、安心して(?)無駄遣いに勤む毎日。漁長は既に遥か彼方、もう俺には手の届かぬ物と成り果てた。
 そんな無節操な買い物の結果、新婚家庭は無用な戦利品で溢れ返った。その光景を毎日眺めているうちに、俺とOTはアル事を思い付いてしまった。
 ―― こんなに商品があれば、自分達で店を開けるかも…。
 魔が差したとしか言い様が無い。しかし、余りにも豊富な品揃えだったのだ。自分でもワザとやってるとしか思えぬ程に。俺とOTの話し合いは、一晩中続いた。
 次の日から二人の新居で改築工事が始まった。一階を店舗に、二階は住居スペースに。俺達は本気で店を開く事に決めたのだ。一方で新店オープンのビラを配り、義兄夫婦の口添えでヤーノ商店との仕入れ契約も締結して。準備は着々と進んでいった。
 しかし、ソレを快く思わない男が一人だけいた。そう、言わずと知れた故K隊員だ。事ここに至っても、彼はまだ俺の漁長就任を諦めていなかったのだ。
『隊長ぉ、ソンナ事は良いから早く漁長になってくれよぅ。』
「今忙しいから後でね。」
『後って何時だ?!』
「まぁまぁ、細かい事は気にするなってば(笑)。」
『……(泣)。』
 泣かれたって、なれないモンは仕方あるまい(苦笑)。俺は構わず開店準備に奔走した。妻は自宅でナニヤラ実験を繰り返している。訊けば新薬開発を目論んでいるらしい。
「他で扱ってないオリジナル商品があれば、お客様もきっとウチへ来てくれるわ。」
そう言ってOTは微笑んだ。この時できた薬がアノ有名な ―― 極一部で、だけど(笑) ―― 『奥様印の訓練アイテム』。後に我が『翡翠商店』の主力となる大ヒット商品は、こうして誕生したのだった。
 そして遂に開店当日。義兄の尽力と街の皆の人の好さから、俺達の店は予想もしなかった程の客入りとなった。
 山程あった商品も数日のうちに完売し、早速ヤーノ商店に追加注文を出した。一方で独自の商品開発も怠り無く続けた。妻の作る新薬の効果は目覚しく、ソレが口コミで広がって。『翡翠商店』は順調に業務を拡大していった。
 何時しか俺達の店は、星の街の闇商店『ブラックヤーノ』としてガイドブックに載るまでに成長した。因みに「闇」の一字は単なるシャレ。OT作製のアヤシイ薬を販売する以外には、既存のヤーノ商店と何の変わりも無かったんだけどね。
 こんな風に俺達はM市で幸せ暮らしていた。愛する女性がいつも傍で微笑っていて。暖かい仲間に囲まれて。商店経営の方も順調で。もうこれ以上、何も望む物は無かった。
 …少なくとも俺は(笑)。

 実はK隊員は、まだシツコク俺に取り憑いていた。肩の辺りで時折、むせび泣く様な声がする。
『なぁ隊長、漁長はどうなったんだよぅ?』
「漁長ぉ?何、ソレ?食えるのか?!(笑)」
『隊長…(泣)。』
 だから泣いても無駄だっつーのに。本業そっちのけで商いに精を出す俺が、漁長になれる訳など無いだろうが?(苦笑)
 そう、俺が漁長に就任できる ―― 即ちK隊員が成仏できる日は、まだまだ限りなく遠かったのだった…っつーか、絶対に無理ぃ〜♪
 結局、俺は死ぬまで漁長になれなくて。K隊員を憑けた儘で一生を終えた。気の毒な元部下が成仏できたのは、俺自身が転生した後の事になる。

 ―― K君、スマン!(笑)

 

―― Das Ende. ――



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