旅に出よう

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 旅に出よう。ある日、ふとそう思った。思い付いたら、居ても立っても居られなくなった。僕は旅支度を整えた。
 少し大きめのリュックに、着替えと携帯食料と水筒を詰める。少しだけ考えて、ナイフとリボルバーを腰に装備した。万が一の為…というより、持ってないと落ち着かないから。ヒップバッグに煙草と財布が入っているのを確認して、これで準備OK。
 さて、何処へ行こうか? 愛車に話し掛けてみる。何処へでも。素っ気無くそう返されて、言葉に詰まる。相変わらず無愛想な奴だ。少しは、主に協力的な姿勢を見せてみろよ。
 まぁ仕方無い。こんな奴でも、案外気に入ってるんだ。不必要な世辞を言われるより、余程マシだと苦笑を浮かべ、肩を竦めて見せた。奴はフフンと鼻で笑いやがったが、それは見て見ぬフリをしておく。

 とりあえず適当な方角へ機首を向けて出発。気持ちの良い風を受けながら、ひたすら走り続ける。時々フラッと横道に入り、幾つかの角を適当に曲がって。やがて知らない風景が眼前に広がる。心が開放感に満たされて、何か新しい事に出会えそうで、ワクワクしてくる。
 やがて陽射しが強くなり、空腹感を覚えて愛車を止めた。どうした?そう訊かれて、腹が減ったと答えたら、また鼻で笑われた。人間とは不便な生き物だな。つくづく燃費が悪過ぎる。そんな可愛げの無い事を言う。お前だって、燃料が無けりゃただの鉄屑だろうが。そう言ってやったら黙ってしまった。やっぱり可愛げの無い奴だ。
 道端に愛車を止め、傍に座り込んで携帯食料を取り出す。僕が食事を取る間、奴は何も言わなかった。だから僕も何も言わなかった。
 草叢を渡る風が心地良くて、そのまま其処に横たわる。目を閉じると、急に眠気が襲ってきた。少し休んでいこう。そう言うと、奴は何も言わなかったが、ほんの少しだけ前へ出た。僕の体が、奴の影にすっぽり納まる様に。30分経ったら教えてくれ。そう言うと、分かった、とだけ答えた。

 突然エンジン音が響き、僕は飛び起きる。どうしたっ?!そう訊くと、30分経った、と素っ気無い返事。もう少し優しく起こせないのか?呆れ声で言う僕に、機械に優しさを求めるな、ともっと呆れた様な声音で返された。それもそうか。変に納得してしまった僕に、早くしろ、と催促する。どうやら僕が休んでいる間、退屈していたらしい。
 さぁ、出発だ。昼食と暫しの休息で、体力はかなり回復している。後は晩までNon Stopだ。そう言う僕に、奴は何も言わず、でもほんの少しだけ加速するのが分かった。OK、相棒。お前も走りたかったんだな。もうずっと長い間、同じ道を往復するだけで、物足りない想いをさせていたんだな。でもこれからは、一緒に旅をしよう。色んな所を回って、色んな物を見て、色んな人に出会って。沢山の想い出を、一緒に作ろう。
 どの位の間、そうやって走り続けただろう。何時の間にか太陽は西に傾き、空が茜色から薄紫に染め変わる頃。遠くの方に、見知らぬ街の明かりが見えた。
 今夜はあの街に泊まろう。何処か泊まれる所を探して、それからお前の燃料も補給しなきゃな。そう言った僕に、燃料が無くなりゃ私はただの鉄屑だからな、と拗ねた様な返事。昼間の事を、まだ根に持っているらしい。そう怒るなって。奴を宥めつつ、すっかり夜の闇に閉ざされた道を、街の明かりに向かってひた走る。
 僕達の旅は、まだ始まったばかり。

 

―― Das Ende. ――


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